Notes
AI時代におけるシニアなエンジニアの立ち振る舞いについて

実装体力の差が AI Coding でかなり均されたいま、残る強みは「作らない判断」なんじゃないか、という話です。
44歳です。自分がシニアなエンジニアなのかどうかは、いったん横に置きます。ただ、これまで現場で見てきた若手と中堅、シニアの差は、知識の量だけじゃなく、ある種の実装体力によるバランスだったと思うんです。長い時間、高い密度で手を動かせるかどうか。そこで差がついていた。
AI Coding は、そこをかなりフラットにしました。昨日まで言語やプラットフォームの壁で止まっていた作業が、驚くほど前に進む。もちろん、それぞれの環境には妙がある。それでも、「手を動かす速度」でついていた年次の差は、以前ほど効かなくなった。
多彩な現場経験は蓄積します。時にはデスマーチの中で身についた、非効率なやり方や、遠回りな知恵も含めて。一方で、体力は落ち、生産性は一定下がっていく。それが、これまでのエンジニア人生の曲線だった。その差がなくなり、エンジニア人生としては延命された気分がある。うーん、良いほうにこうなった、という話ではあるのですが。
実装の難易度は、もはや最大の課題ではありません。だからといって、愚直に全部作ればいいわけでもない。作らずとも実現できる、という視座。何でもかんでも作らないこと。複雑なものは壊れやすい。そこに経験が生きるのは、いまの強みだと思っています。
言語やプラットフォームの壁が限りなく低くなったいま、アイディアさえあれば挑戦できる。ここから、いろいろ作ってみようという気持ちが出てきました。
延命されたエンジニア人生を、どう使うかはこれからですね。